アルバーノ・アフォンソ 浮遊する影と光
2017年7月25日(火)-9月10日(日)10:00-18:00 会期中無休/無料
[wp-blogro11 catname=air2017-4ja orderby=ur1]
アルバーノ・アフォンソ
Albano AFONSO
《浮遊する影と光 - nº 03》
ブロンズ、水晶、木の枝、モーター、
ビデオプロジェクション、2017年
撮影:木奥恵三
時と光に浮遊する
伊藤聡子
青森の短い夏のはじまり。大きなスーツケースを引いてACACに到着したアルバーノ・アフォンソは、森で木の枝を採取し、多様な種類のそれらをブロンズの部品と接合することで、自然界にはない木を作る。スタジオで枝ぶりや形を見ながら、モビールのパーツとしてある程度組み合わされたそれらの木々は、一つずつ丁寧にギャラリーへ運ばれていった。本作は、ギャラリー空間にモビールを吊るして光を投映し、光と影の造形を提示する。動く彫刻であるモビールの変化する状態とそこにできる影の両方を見せること、また、空間全体を光の装置のようにするために、入念にパーツと光を調整しながらその場で作り込んでいく手法がとられた。
モビールを構成するパーツは、木の枝、作家自身の手を鋳造したブロンズ像、水晶が用いられた。大小様々な枝の形が互いに空中で揺れては常に見え方を変えていく中、それぞれのパーツのバランスをみて、方々に延びた枝を付け替えたり、折って長さを調整したりして適切な位置を探っていく。手の像は、影絵遊びをするときのように左右の手で鳥や犬の形を作っている。重厚な素材であるブロンズにより、空中に吊られると重力を感じて身をまかせるようにゆっくりと動き出す。
それからプロジェクターで光を当てると壁に影が映し出され、枝の線や動物の形が影絵を描き始めた。動く彫刻の奥行きは、輪郭のみの影となって平面上に現れる。自然の造形である繊細な枝、人工的なブロンズ、所々で小さく輝く水晶。一方向から光をあてることで、個々にあたる光の明暗がはっきりするものの、それらは層となって壁に押し込まれるようにも見える。実体と影の両方を見せることで、その立体と平面のそれぞれの要素を強調することになる。また、映された影の形を見ながらパーツを調整していくアフォンソの様子は、手を触れずに壁に絵を描いているようだった。影に直接触れることないけれど、手を動かしてモビールを作ることで壁に形が現れていく。光に近ければ形は大きく影の色は淡く、遠ければ小さく濃く。
アフォンソのアーティスト活動は、絵画制作から始まった。初期は世界各国の地図の形を切り取ってシルクスクリーンのように型を作り、レイヤーを一つの画面に重ねて描くことで、最後には抽象的な黒い図像となる作品だったという。その後二年間、絵画以外の表現方法を模索する期間には、ブラジルにおいて19世紀まで続いたポルトガルの植民地化の歴史に関心が向くようになる。初めてポルトガルを訪れたとき、そこで見た風景や文化が故郷のブラジルとそっくりであることに衝撃を受け、自国の文化やアートが他国や西洋の美術のシステムに由来していると知ったことから、ブラジル人または自身のアイデンティティを探求するような作品制作が始まる。西洋の古典絵画の図版をドットで切り抜き別の図版と重ね合わせたり、巨匠のポートレートと、そこに描かれたポーズを真似て撮影した自分の写真を重ね合わせたりした作品は、アフォンソの代表作となった。
モビールのパーツであるブロンズ像は細部まで再現された精巧な作りだ。人の身体の中でも特に動きを持つ手が部分的に鋳造されて動きを止め、空洞になった状態で宙に吊られた姿には、少し不気味な存在感がある。手は指を動かすことでもたくさんの形、表情を作れるし、人の創造性を象徴する部分だろう。ミケランジェロ作をはじめ、古典的なブロンズ彫刻、または絵画に描かれてきた人物の中でも、祈りや思考、怒りなど、手は多くの事柄を語ってきた。時代が変わっても様々な表現を伝える普遍的なモチーフだ。ブロンズという美術において典型的な素材を用いた像は、創造者である自身の手によるアフォンソのポートレートだともいえる。美術史におけるアイデンティティの模索は、本作ではモビールの形となって現れたともいえるのだろう。
モーターによって回転するプリズムがつくるスペクトルの光は、計算されることのない自然の色を放ちながらギャラリーの中を回る。壁からの距離によって変化する動きが心地よいリズムを刻み、時間の流れを忘れさせた。ふと、スタジオでバッハのゴールドベルク変奏曲を聴き、リラックスして作業をしていたアフォンソの姿を思い出す。このインスタレーションに音楽性を感じるのは、作家が幼少期からクラシックギターを習って音楽の道を目指していたこともあるということや、影響を受けた作家にクレーやカンディンスキーを挙げることだけには因らないだろう。変幻自在に空間を回る七色の光は、音の響きと音色を思わせる。いくつかの静止画像が繰り返されることで人の労働や運動を表した映像作品が、丸と四角といったものの普遍的な形を現しながら刻むリズムも、この光と共鳴していた。
ギャラリーの閉館後にプロジェクターやモーターのスイッチを切る。
アフォンソは、美術のシステムによるギャラリー空間に、決して同じ状態に止まることのない永遠性をつくり出した。ゆったりとした時間と光の流れに身をまかせ、常に形を更新し続ける ― 光と動きは、回り続けるレコードが止まるようにスイッチ一つで消え、もとの色に戻されたモビールだけが吊られて残されていた。
左:《かじ屋 –マイブリッジにならって – nº 02》
ビデオプロジェクション、プリズム、2017年
右:《浮遊する影と光 - nº 03》
ブロンズ、水晶、木の枝、モーター、ビデオプロジェクション、2017年
撮影:木奥恵三
《走者 –マイブリッジにならって - nº 02》
ビデオプロジェクション、モーター、水晶、2017年
撮影:木奥恵三