海外派遣事業―鈴木基真さんのブラジルレポート:美術紀行3、4週目

2020.4.15.水曜日

covid-19の影響を受けて後半数日は何もできませんでしたが、3月に無事帰国してこれを書いています。

3月10日:
平日のルーティンは昼にサンドラのスタジオでランチミーティングをし、その後外出して人にあったり展示を見に行ったりする流れです。サンドラがいなくても使用人の人たちと昼食を取ることがある。
言葉は全く通じないが、子供の写真を見せあったりしながらワイワイ楽しく過ごしていた。

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食事のメニューはだいたいこの様な感じで、米、豆、肉が主体で味付けは日本人の口にもよく合う。
自分が食べたいだけ皿にとり食べます。マルシアの料理はとてもおいしい!
ビタミンはフレッシュフルーツジュースから取れるし、一皿に全てが盛られているのでとても合理的!

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涼しい日が続いていましたがこの頃はよく晴れて暑くなってきた。

ダイニングのあるテラスから階下を覗くと緑が美しい。

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夏らしい空、風が心地よい。風鈴の音も聞こえる。隣の家の外壁を自宅の塀として扱う構造をよく見る。

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キッチンが可愛い。

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食事前に少し時間があるとサンドラのスタジオにある本棚を物色するのだが、ブラジルの美術をまとめた図録がよく目につく。自国の美術をアーカイブすることにとても積極的だと感じた。

この日は昼食後、日本の知人からの紹介でHENRIQUE OLIVEIRAというアーティストを訪ねることができた。
彼は過去に岐阜で円空賞も受賞している有名なアーティストで、拠点はフランスとサンパウロ、アメリカにはストレージも持っているほど世界的な活動をしているようだ。

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新作のレリーフ状の作品。アシスタントさんが熱心に作業をしていました。

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着色された作品も。

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休憩所の屋根は彼の作品にもなっていて、そこでコーヒーをいただきながら、世界の美術の状況や私の作品について話したり、彼のギターを聴いたり贅沢な時間を過ごすことができました。

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昔に作った作品だそう。基本的にはネットワイヤーに接着剤を染み込ませたボール紙を巻きつけ、タッカーで合板から剥いだ薄い木を留めていく造形方法で、軽量な様ですが、この作品はそれが確立する前の作品でとても重くなってしまったそう。

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油絵具を盛ったペインティングも同時並行で制作していた。立体作品と共通する有機的な形はどこかブラジルの自然を模したものに感じる。

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整理された立体作品制作のための道具と、ペインティング制作用の道具。
効率的で合理的な彼の性格が垣間見れた気がする。

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スタジオから望むサンパウロの街。風が心地よい。
スタジオのあるエリアは旧問屋街で、新しく高層マンションなどが立ち始めた場所にあり、サンパウロの昔ながらの街の雰囲気と現代の開発の勢いを感じながら制作できる羨ましい環境だ。
彼が迎えにきてくれた小型の赤いピックアップトラックを見て、彫刻家の車だね!と、妙なところで盛り上がったのを覚えている。
ともかく、忙しく世界を行き来する彼に会えたのはとてもラッキーだったし、賑やかで変革の勢いのあるサンパウロにありながら、ゆったりとした時間を作り出し、自分の制作している彼を見ると、美術って本当に良いものだなと感じた。
帰りはウーバーを奢ってくれた。ありがとうHENRIQUE!

3月12日:
この日は夜にオープニングを迎えたサンドラの展示に行った。

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たくさんの人が詰めかけていて注目度の高さが伺える。

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円形の壁面内部に描かれた新作ドローイング。

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多様な作品群。

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日本文化への関心の高さも伺える。
設営途中から経過を見ていたので完成した展示を観れて感慨深いものがあった。

3月13日:
この日はアーティストのDing Musaが計画してくれた市内ツアーに参加させてもらった。
彼もアトリエフィダルガのメンバーであり、サンパウロの美術館でも作品を観ることのできる活動豊富なアーティスト。
ちょうど日本から建築家のo+hさんたちがJapan Houseにレクチャーに来る日程と重なったため、彼らのために企画されたツアーに同行させてもらった形。
建築の観察が主なツアーでしたが見どころと発見がいくつかあったので紹介したい。

1箇所目:Casa de Vidro Lina Bo Bardi
通称ガラスの家
MASPを設計した建築家のリナ ボー バルディの私邸。

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建てられた当時のことを考えるとかなり奇抜な設計だったと想像できる。
土地の高低差の利用、ガラスを多用した解放感のある設計は、現代の建築家にも大きな影響があったのではないかと思う。

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柱が細い笑。現代日本では建築許可が降りなそう、、、。

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受付、ショップはもともとガレージだったところ。

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門から家へと続く坂道。当時のものかどうか分からないけれど、遊び心がある。

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屋外のピザ窯とBBQグリル。現役だそう。

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土留壁。ここにも遊び心が。植物との絡みもブラジルらしい。

 

2箇所目:SESC Pompeia
SESCというNGO組織が運営する施設のうちの一つ。こちらも建築家のリナ ボー バルディの設計。
元ドラム缶工場を改築した建物となっている。
サンパウロ市内には多くのSESC施設があり、一般市民向けのプールなどのスポーツ施設、工作などのカルチャーセンター、アートイベント施設、などなど大型の複合施設となっている。

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煉瓦倉庫部分とリナ ボー バルディの設計部分。残念ながら市民会員でないと中には入れず。

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屋根部分はスレートが剥き出し。右はガラスのスレート。怖い笑
ブラジルの建築は断熱という概念がなく日本とは全く趣が異なる。総じて華奢な作りに見える。

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保育施設もある。

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誰でも使えるフリースペース。

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こちらは劇場。面白い形状をしている。この配管の配色!

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野外にはアート作品も。

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またここの施設には経済的に厳しい人たち向けに格安で食事を提供するレストランが有り、地域の救済にも貢献しています。元はそれが活動の主軸かと思うが、様々な人が様々な目的でここを訪れることに意味が生まれていてとても有意義な場所に感じた。
ちなみにここのレストランは、市民以外でも利用できるが、その様なビジターの場合は市中のレストランと同等価格になるように設定されている。

3箇所目:エディフィシオイタリア
観光名所なので説明は省く。
いわゆる眺望スポットだ。

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最上階には高級レストラン、サンパウロの街が一望できる。

建築家の方とのツアーだったので、話を聞いてみたら、この密度はヤバイと言ってました笑
4箇所目:MSTC
MSTCとは、movimento sem teto do centroの略で、中央サンパウロホームレス運動という、ホームレスが住居の権利を主張する運動の事。
サンパウロにはホームレスがかなりの数おり、経済状況の悪化からその数は増え続けているそう。
同じ様に廃ビルも増えている。その廃ビルをホームレスが占拠し、共同で食事を作ったり、部屋を家族ごとに割り振るなど規律がある生活をしている。各運動団体と連合を作り、政府の使われていない建物をホームレスの住居のために解放する様、大統領と交渉するほど大きな活動となったことも。
その廃ビルの一つにdingはアーティストとして関わっており、今回引率してもらえた。

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占拠しているビル。こういった廃ビルが各所にあり、それぞれ占拠されていてホームレスが数10~100家族ほど生活している。
ただ、街の様子を見ていると明らかに新しいビルが増えており、国の政策もあって、建物の外観からも外資の流入が激しいことをうかがわせる。ということは、ホームレスは増え続けているものの、彼らの住む場所は今後減っていくことになるのかもしれない。

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なんの建物だったところだろう。ここで映画の上映会などのプログラムをするそう。

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外から続く廊下。掲示板の様になっている。

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室内はしっかり電気も来ており明るい。

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共同のキッチン設備は寄付されたものだそう。他にも食堂や集会所があり、みんなで集まって交流したり、ワークショップをしたりするそう。また、住民が作ったものを販売するショップもある。

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住民の一人に促されて部屋を見せてもらった。彼女は車椅子生活だが、人形を作っている。制作意欲は旺盛だ。

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目玉はこちら。建物の地下に展示スペースを設けてある。住人の作品や、寄付されたアーティストの作品が展示されている。
内容は政治的なものや、人種、性差別、特定の事件を扱ったものが多い。
地下で薄暗く、配管が集約しているため鼻を突く匂いが立ち込めているが、作品の成り立ちを考えると妙に説得力のある場所に感じる。

5箇所目:japan house
dingと分かれて2度目の訪問。目的はo+hさんのレクチャーを聴くため。

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とても良い話を聞けた。日本でももっと聞きたいなと思う。いずれ機会があれば。
質問者から日本の文化をどう意識するかと聞かれていて少し悩んだ様子でしたが、これは自分にも当てはまることなので宿題となった。
そういえばあまり自覚的に意識したことはなかった。
japan houseはわかりやすい日本の文化(着物、浮世絵、酒、茶道など)を紹介する施設であって、ともすれば海外では誤解されやすい伝え方になっているのではないかとの疑問もあるが、それら古典を明確な形で基盤とせず、常に新しいものと消費に目をむけて来た功罪もあるだろうと思う。
くしくもこの週は3.11の週にあたり、人の住うことについて考えさせられる機会となった。

3月16日:

サンパウロ 最大のギャラリー街に行くことにした。
フィダルガ周辺のギャラリー街は月曜日休みだったのでこの日は日曜日だったので空いているだろうと向かったのだが、、、。

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結果全てのギャラリーが休みだった、、、。
こちらのエリアは日曜日休みなんだとか、、、。
では翌日また再度訪れようと思ったのだが、新型コロナウイルスの影響でサンパウロ市内のギャラリー美術館は全て閉鎖になることが決まってしまった、、、。
見るべきものの3大エリアのうち1つを失ったのは大きい。
もっと早く行くべきだった。
ともかくギャラリー街を歩きながら街散策などして帰宅した。

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樹がでかい。こちらは建築の際絶対に樹を切ってはいけないらしい。建物にめり込んだ樹木をよく見かかる。

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ファッションのお店が多く立ち並び、フィダルガ周辺とはまた違った趣きのある街だ。

 

 

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唐突に路上市が開催されていたりする。

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どこの建物にも壁画が描かれている。その現場を目撃。

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日本でも昔使われていた黒いゴミ袋。中身を想像させる形は面白い。

 

3月18日:滞在最終日
アルバーノがおみあげツアーに連れ出してくれました。

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一番凄かったのがここ。石屋さん。ブラジル原産の鉱石を中心に世界中の鉱石を販売している。そして安い。

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2階では購入した鉱石を加工して装飾品にしてくれるサービスもある。
形を見るだけで1日中居れる気がする。
自然の形はいつでも魅力的だ。

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アルバーノの購入したものの一部。水晶。
この10倍は買っていた。作品に使うそう。
感想:
HENRIQUE OLIVEIRAをはじめ、サンドラや他のアーティストに会って同じ時間を過ごすと、アーティストがアーティストに会うという行為は、とても美しい時間や空間を生むのだと改めて感じた。それがコミュニティーを大事にするという意味なのかもしれないと考えを新たにすることができた。日本でも積極的につながりを持っ
ていきたい。
サンパウロのアート事情を知ると、みなアートの生産性を高めようとする意識が高いことに気づく。マーケットに対する戦略面でもそうだし、そこで得たお金を若手やアシスタントなどコミュニティーに還元させる意識もある。
またdingの様に恵まれない人々にアートをとおして、彼らが政治や社会構造を変えるための直接的な表現の仕方を会得する方法を提供している。これもコミュニティーにとっても還元的なことであり、良い循環をうんでいる様に感じた。

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ACACより

鈴木さんが帰国されたのは新型コロナウイルス感染症の影響で国の間の行き来が止まる直前のことでした。

このような形で、日本と海外をアーティストがつないでくれることは、レジデンスを行う施設ならではのことで、今後も続けていきたいと考えています。現時点では、それぞれの居場所から動けない状況ですが、アーティストが行き来できる環境が少しでも早く整うことを願っています。

 

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